女性漫才コンビ「青空」のメンバーとして、長年関西のお笑い界で活躍した須藤理恵(すどう りえ)さん。
相方の岡友美さんと1997年にコンビを結成し、baseよしもと、うめだ花月、よしもと漫才劇場など数多くの舞台に出演しました。
実は須藤さん、お笑いだけでなくかなり本格的な野球好きとしても有名だったことをご存じでしょうか。
毎年春季キャンプへ足を運んで選手を分析し、野球イベントを長年開催。
さらには硬式野球部のマネジャーまで務めていました。
芸人仲間からは「すー」「すーちゃん」、後輩からは「すー姉さん」と呼ばれるなど、周囲から慕われる存在でもありました。
そこでこの記事では、
「須藤理恵ってどんな芸人?」
「青空の相方は誰?」
「岡友美とはどんな関係?」
「M-1にも出場していた?」
「なぜそんなに野球が好きだった?」
「すー姉さんと呼ばれていた理由は?」
など、須藤理恵さんのプロフィール・青空結成・相方の岡友美さん・M-1・野球好き・芸人仲間から慕われた人柄を中心に紹介します。
- 須藤理恵は漫才コンビ「青空」のメンバー
- 須藤理恵のプロフィール
- 須藤理恵はNSC大阪校17期生
- 青空の相方・岡友美はどんな芸人?
- 「青空」というコンビ名の由来は?
- 青空はM-1グランプリで3度の準決勝進出
- baseよしもと・うめだ花月などで活躍
- 2021年には青空25周年記念単独ライブ
- 須藤理恵は大の野球好き!
- 学生時代はソフトボール部
- 毎年プロ野球の春季キャンプへ
- 社会人野球も大好きだった
- 野球イベント「野球狂ブルース」を長年開催
- 硬式野球部のマネジャーにも就任
- 須藤理恵が応援していた野球選手は?
- 「すー」「すー姉さん」と呼ばれていた
- 後輩芸人を指導する「教育係」でもあった
- 須藤理恵の人柄は?
- 青空・須藤理恵の活動を時系列で紹介
- 須藤理恵は「漫才+野球」という個性を持った芸人
- 須藤理恵と青空・岡友美、野球好きまとめ
須藤理恵は漫才コンビ「青空」のメンバー
須藤理恵さんは吉本興業に所属し、女性漫才コンビ「青空(あおぞら)」で活動したお笑い芸人です。
相方は岡友美(おか ともみ)さん。
二人はともにNSC大阪校17期生で、1997年4月にコンビを結成しました。
関西を中心に活動し、baseよしもと、うめだ花月、よしもと漫才劇場など数多くの舞台に出演。
テレビだけでなく、劇場で漫才を続けてきたコンビとして知られています。
須藤理恵のプロフィール
| 名前 | 須藤 理恵(すどう りえ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1977年12月31日 |
| 出身地 | 京都府京都市 |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | お笑い芸人・漫才師 |
| 所属 | 吉本興業 |
| コンビ名 | 青空 |
| 相方 | 岡友美 |
| NSC | 大阪校17期 |
| コンビ結成 | 1997年4月 |
| 愛称 | すー、すーちゃん、すー姉さん |
| 趣味 | スポーツ全般・スポーツ観戦 |
| 特技 | 野球(知識・技術) |
須藤理恵はNSC大阪校17期生
須藤理恵さんはNSC大阪校17期生です。
NSCとは「吉本総合芸能学院」のことで、吉本興業が運営する芸人養成所です。
須藤さんはここでお笑いを学び、同期だった岡友美さんとコンビを結成しました。
二人が「青空」を結成したのは1997年4月。
ここから長いコンビ生活がスタートします。
青空の相方・岡友美はどんな芸人?
須藤理恵さんの相方は岡友美さんです。
岡さんは1977年12月27日生まれ、奈良県出身。
須藤さんとは同じ1977年生まれで、しかも誕生日はわずか4日違いです。
二人ともNSC大阪校17期生としてお笑いの世界へ入り、同期同士で青空を結成しました。
1997年のコンビ結成から長期間にわたり、一緒に漫才を続けてきたことになります。
「青空」というコンビ名の由来は?
女性漫才コンビとしては、非常に覚えやすい「青空」というコンビ名。
コンビ名だけを見ると爽やかな印象があります。
二人は関西の劇場を中心として活動し、しゃべくり漫才を披露してきました。
長年にわたり舞台に立ち続けたことで、関西のお笑いファンにはおなじみの存在となっていきます。
青空はM-1グランプリで3度の準決勝進出
青空の漫才実績で注目したいのがM-1グランプリです。
現在では年末の国民的お笑い番組となっているM-1ですが、青空は大会初期から挑戦していました。
記録を確認すると、
| 大会 | 成績 |
|---|---|
| M-1グランプリ2001 | 準決勝進出 |
| M-1グランプリ2004 | 準決勝進出 |
| M-1グランプリ2005 | 準決勝進出 |
と、3度も準決勝まで進出しています。
決勝進出こそありませんでしたが、当時の漫才界で実力のあるコンビだったことが分かります。
baseよしもと・うめだ花月などで活躍
青空はテレビだけを主戦場とするコンビではなく、劇場を大切にしてきた漫才師でした。
須藤さんは、
- baseよしもと
- うめだ花月
- よしもと漫才劇場
- なんばグランド花月
など、吉本興業を代表する関西の劇場・舞台で活動。
長期間にわたって生の漫才を披露してきました。
2021年には青空25周年記念単独ライブ
2021年11月5日には、コンビ結成25周年を記念した単独ライブ
『人生Blues~ベーブ・ルースとちゃいまっせ~』
を神戸新開地・喜楽館で開催しています。
1997年の結成から20年以上活動を続けてきた青空にとって、大きな節目となるライブでした。
タイトルに野球界のスーパースター「ベーブ・ルース」が入っているところも、須藤さんらしさを感じますね。
須藤理恵は大の野球好き!
須藤理恵さんを語るうえで外せないのが野球です。
単に「プロ野球を見るのが好き」というレベルではありません。
公式プロフィールでも特技として「野球(知識・技術)」が挙げられていました。
趣味についても、スポーツ全般・スポーツ観戦、特に社会人野球や箱根駅伝、バレーボールなどが挙げられています。
かなり本格的なスポーツ好きだったことが分かります。
学生時代はソフトボール部
須藤理恵さんは学生時代、ソフトボール部に所属していました。
そのため野球を「見る」だけではなく、実際にプレーするスポーツ経験も持っていました。
こうした経験も、その後の野球好きにつながったのかもしれません。
毎年プロ野球の春季キャンプへ
須藤さんの野球好きがよく分かるのが、毎年春季キャンプへ足を運んでいたというエピソードです。
プロ野球の春季キャンプでは、シーズン開幕前の選手たちが練習を行います。
須藤さんはキャンプへ出向くだけでなく、各選手を分析していました。
「野球好き芸人」という言葉だけでは収まらないほど、野球を深く見ていたことがうかがえます。
社会人野球も大好きだった
さらに須藤さんはプロ野球だけではなく、社会人野球も熱心に観戦していました。
都市対抗野球や社会人野球日本選手権などにも足を運んでいたと報じられています。
一般的なプロ野球ファンよりも、かなり幅広く野球そのものを愛していたことが分かります。
野球イベント「野球狂ブルース」を長年開催
須藤さんは野球への知識を芸人活動にも生かしていました。
野球ファンが集まるイベント「野球狂ブルース」を長年にわたって開催。
同じく野球好きの芸人たちと一緒に、野球について語るイベントとして続けていました。
お笑いと野球という、自分が大好きな二つの世界を組み合わせた活動だったわけですね。
硬式野球部のマネジャーにも就任
さらに驚くのが、須藤さんが硬式野球部のマネジャーまで務めていたことです。
関西メディカルスポーツ学院硬式野球部のマネジャーとして、実際の野球チームにも関わっていました。
芸人として仕事をしながら、野球に関する活動にも本格的に取り組んでいたことになります。
須藤理恵が応援していた野球選手は?
須藤さんは数多くの野球選手をチェックしていましたが、特に大和選手のファンとしても知られていました。
大和選手は阪神タイガースで長く活躍した後、横浜DeNAベイスターズでもプレーした選手です。
須藤さんは阪神時代から大和選手を応援していました。
野球ファンとして特定の球団だけを見るのではなく、選手個人のプレーにも注目していたことが分かります。
「すー」「すー姉さん」と呼ばれていた
須藤理恵さんは芸人仲間から、
「すー」
「すーちゃん」
「すー姉さん」
などの愛称で親しまれていました。
特に「すー姉さん」という呼び方からも、後輩芸人たちから頼られる存在だったことがうかがえます。
後輩芸人を指導する「教育係」でもあった
須藤さんは自分自身が漫才をするだけでなく、後輩芸人を指導する教育係としても活動していました。
吉本興業の発表でも、後輩芸人への指導を行っていたことが紹介されています。
そのため芸人だけでなく、吉本興業の社員からも信頼されていたそうです。
舞台上だけでは分からない須藤さんの一面ですね。
須藤理恵の人柄は?
漫才作家の本多正識さんも、須藤さんについて豪快でありながら親身になって考える優しさを持った人物だったという趣旨のエピソードを紹介しています。
後輩から「姉さん」と慕われていたことや教育係を任されていたことを考えても、周囲から信頼される人物だったことが分かります。
長く芸能界で活動するうえでは、漫才の実力だけでなく、こうした人間関係も大切だったのでしょう。
青空・須藤理恵の活動を時系列で紹介
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1977年 | 京都府京都市に生まれる |
| 1990年代 | NSC大阪校17期生としてお笑いを学ぶ |
| 1997年 | 同期の岡友美と「青空」を結成 |
| 2001年 | M-1グランプリ準決勝進出 |
| 2004年 | M-1グランプリ準決勝進出 |
| 2005年 | M-1グランプリ準決勝進出 |
| その後 | baseよしもと・うめだ花月など多数の舞台で活動 |
| その後 | 「野球狂ブルース」を長年開催 |
| その後 | 硬式野球部のマネジャーとしても活動 |
| 2021年 | 青空25周年記念単独ライブを開催 |
須藤理恵は「漫才+野球」という個性を持った芸人
須藤理恵さんの経歴を振り返ると、非常に分かりやすい個性があります。
それが、
「漫才」と「野球」
です。
1997年から長期間にわたって青空として漫才を続ける一方、大好きな野球についてもイベント開催、春季キャンプ取材、社会人野球観戦、硬式野球部のマネジャーなどさまざまな形で関わりました。
好きなことを単なる趣味で終わらせず、芸人としての個性にまで発展させたところが須藤さんの特徴だったといえるでしょう。
須藤理恵と青空・岡友美、野球好きまとめ
今回は漫才コンビ「青空」の須藤理恵さんについて、プロフィール、相方の岡友美さん、M-1、野球好きとしての活動などを紹介しました。
須藤理恵さんは1977年12月31日生まれ、京都府京都市出身。
NSC大阪校17期生としてお笑いを学び、1997年4月に同期の岡友美さんと「青空」を結成しました。
青空はM-1グランプリで2001年・2004年・2005年と3度準決勝へ進出。
baseよしもと、うめだ花月、よしもと漫才劇場など関西の舞台を中心に長年漫才を続けました。
そして須藤さんを語るうえで欠かせないのが大の野球好きという一面です。
学生時代にはソフトボール部に所属し、その後もプロ野球の春季キャンプで選手をチェック。
社会人野球の観戦、野球イベント「野球狂ブルース」の開催、硬式野球部のマネジャーなど、本格的に野球へ関わっていました。
さらに後輩芸人を指導する教育係としても活動し、「すー」「すーちゃん」「すー姉さん」の愛称で多くの芸人仲間から親しまれていました。
漫才師として長く舞台に立ちながら、大好きな野球を自分自身の芸人としての個性にまで発展させた人物だったといえるでしょう。

