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市川猿之助は何者?本名・学歴や歌舞伎の経歴・スーパー歌舞伎での活躍を紹介

市川猿之助は何者

歌舞伎俳優として長年活躍してきた四代目 市川猿之助(いちかわ えんのすけ)さん

テレビや映画への出演で名前を知った人もいれば、スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』をきっかけに市川猿之助さんを知った人もいるのではないでしょうか。

市川猿之助さんについて調べると、

「市川猿之助って何者?」

「本名は?」

「どこの大学を卒業した?」

「いつから歌舞伎をやっている?」

「なぜワンピース歌舞伎で有名になった?」

「市川亀治郎と同じ人?」

など、プロフィールや経歴について気になることがたくさんあります。

実は四代目市川猿之助さんは、子どもの頃から歌舞伎の舞台に立ち、古典歌舞伎からスーパー歌舞伎まで幅広い作品に取り組んできた歌舞伎俳優です。

さらに俳優としてテレビドラマや映画にも出演し、歌舞伎をあまり見ない層にも名前が知られるようになりました。

この記事では、市川猿之助さんのプロフィール・本名・学歴・初舞台・襲名・代表的な歌舞伎作品・スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』などを中心に紹介します。

市川猿之助は何者?

四代目市川猿之助さんは、歌舞伎の澤瀉屋(おもだかや)を代表する歌舞伎俳優の一人です。

歌舞伎俳優名鑑では、立役と女方の両方を演じる俳優として紹介されています。

古典歌舞伎に取り組む一方で、伯父である二代目市川猿翁さんが築いたスーパー歌舞伎を発展させ、「スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)」にも取り組みました。

その代表作として広く知られているのが、人気漫画『ONE PIECE』を歌舞伎化したスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』です。

歌舞伎俳優名鑑でも同作について、演者だけでなく演出家・プロデューサーとしての手腕が幅広い層から評価されたと紹介されています。

市川猿之助のプロフィール

市川猿之助

芸名 四代目 市川猿之助
読み方 いちかわ えんのすけ
旧芸名 二代目 市川亀治郎
生年月日 1975年11月26日
出身地 東京都
屋号 澤瀉屋
定紋 八重澤瀉、三ッ猿
初舞台 1983年
四代目市川猿之助襲名 2012年
職業 歌舞伎俳優

市川猿之助の本名は?

「市川猿之助」という名前は本名ではありません。

歌舞伎の世界で代々受け継がれてきた名跡です。

現在の記事で紹介している市川猿之助さんは「四代目」にあたります。

四代目市川猿之助さんの本名は、喜熨斗孝彦(きのし たかひこ)さんです。

歌舞伎俳優は襲名によって芸名が変わることがあり、市川猿之助さんも子どもの頃から現在まで同じ芸名だったわけではありません。

以前の芸名は二代目市川亀治郎

四代目市川猿之助さんは以前、

二代目 市川亀治郎(いちかわ かめじろう)

として活動していました。

1983年、歌舞伎座で二代目市川亀治郎を名乗って初舞台を踏みます。

その後、約30年にわたり市川亀治郎として活動しました。

そのため昔のテレビ番組や舞台記録を見ると、「市川亀治郎」と「市川猿之助」は同じ人物だと分からず、別人だと思う人もいるかもしれません。

市川猿之助の学歴は?

市川猿之助さんは、歌舞伎の舞台に立ちながら学業にも取り組んでいます。

大学は慶應義塾大学文学部に進学。

大学では国文学を学び、卒業しています。

幼少期から歌舞伎の世界で経験を積みながら大学にも進学している点は、市川猿之助さんの経歴を見るうえで興味深いところです。

子どもの頃から歌舞伎の舞台に立っていた

市川猿之助さんの歌舞伎人生は、大人になってから始まったわけではありません。

1980年には歌舞伎座『義経千本桜』で初お目見得。

そして1983年には二代目市川亀治郎を名乗って初舞台を踏みました。

つまり、幼い頃から本格的な歌舞伎の舞台を経験してきたことになります。

2012年に四代目市川猿之助を襲名

市川猿之助さんのキャリアにおける大きな節目が2012年です。

この年、二代目市川亀治郎から

四代目 市川猿之助

を襲名しました。

新橋演舞場で行われた襲名披露公演では、『義経千本桜』や『ヤマトタケル』などが上演されました。

同じ襲名披露では、三代目市川猿之助が二代目市川猿翁を、香川照之さんが九代目市川中車を襲名。

さらに香川照之さんの長男が五代目市川團子として初舞台を踏み、澤瀉屋にとって大きな節目となりました。

市川猿之助の屋号「澤瀉屋」とは?

市川猿之助さんの屋号は澤瀉屋です。

読み方は、

「おもだかや」

です。

歌舞伎では俳優や一門を表すために屋号が使われます。

市川猿之助、市川段四郎などの名跡と深く関係している一門が澤瀉屋です。

なお、澤瀉屋の詳しい家系図については別の記事で紹介しています。

市川猿之助は古典歌舞伎でも活躍

スーパー歌舞伎の印象が強い市川猿之助さんですが、キャリアの中心にあるのは歌舞伎です。

歌舞伎俳優名鑑では、家の芸「猿翁十種」の『黒塚』や、『義経千本桜』の四の切などが代表的な演目として紹介されています。

立役だけでなく女方も演じるなど、幅広い役柄に取り組んできました。

新しい作品への挑戦だけを見るのではなく、古典を演じてきた経験を土台として新しい歌舞伎に取り組んだという点がポイントです。

スーパー歌舞伎とは?

市川猿之助さんを理解するうえで欠かせないのが「スーパー歌舞伎」です。

スーパー歌舞伎は、三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁)が生み出した新しいスタイルの歌舞伎です。

1986年に初演された『ヤマトタケル』によって、新しいジャンルとして確立されました。

古典歌舞伎の技法を取り入れながら、壮大なストーリーや現代的な演出などを組み合わせたエンターテインメント性の高い舞台です。

四代目市川猿之助が「スーパー歌舞伎Ⅱ」を展開

四代目市川猿之助さんは、伯父が生み出したスーパー歌舞伎の精神を受け継ぎながら、新しい作品作りに取り組みました。

それが、

スーパー歌舞伎Ⅱ(セカンド)

です。

第1作は2014年に上演された

『空ヲ刻ム者―若き仏師の物語―』

でした。

そして第2作として誕生したのが、後に大きな話題となる『ワンピース』です。

スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』が大きな話題に

2015年、人気漫画『ONE PIECE』を題材とした

スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』

が新橋演舞場で上演されました。

原作は尾田栄一郎さんの人気漫画『ONE PIECE』。

漫画と歌舞伎という一見すると大きく異なる世界が融合したことで、歌舞伎ファン以外からも大きな注目を集めました。

松竹の公演情報でも、2015年10月・11月の初演について演劇界の枠を飛び越えて大きな話題を呼んだ作品として紹介されています。

市川猿之助はワンピースで何役を演じた?

初演のスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』で、市川猿之助さんは一役だけを担当したわけではありません。

主に、

  • モンキー・D・ルフィ
  • ボア・ハンコック
  • 赤髪のシャンクス

を演じました。

さらに演出にも携わっています。

主演俳優として舞台に立つ一方、作品を作り上げる側にも関わっていたことが大きな特徴です。

ルフィとハンコックを同じ俳優が演じる

『ONE PIECE』を知っている人なら、

「ルフィとハンコックを同じ人が演じるの?」

と驚くかもしれません。

男性キャラクターのルフィと女性キャラクターのハンコックを市川猿之助さんが演じ分けました。

しかし歌舞伎では、男性俳優が女性役である女方を演じる伝統があります。

市川猿之助さん自身も立役と女方の両方を演じてきたため、歌舞伎俳優として培った幅広い表現力を生かした配役とも見ることができます。

ワンピース歌舞伎は大阪・博多などでも上演

『ワンピース』は2015年の新橋演舞場だけで終わった作品ではありません。

その後、大阪や博多などでも上演され、新しい登場人物や演出を加えながら発展していきました。

再演も行われ、スーパー歌舞伎Ⅱを代表する作品の一つとなっています。

市川猿之助は演出家としても活動

市川猿之助さんの特徴は、舞台に出演するだけではないところです。

スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』では演出にも携わりました。

歌舞伎俳優名鑑でも、同作品について演者としてだけではなく、演出家・プロデューサーとしての手腕が評価されたと紹介されています。

「演じる人」であると同時に「作品を作る人」という側面も持っていたわけです。

テレビドラマや映画にも出演

市川猿之助さんは歌舞伎だけでなく、テレビドラマや映画など映像作品にも出演してきました。

二代目市川亀治郎時代から映像作品への出演があり、歌舞伎を普段見ない視聴者にも知られる存在になりました。

特にテレビドラマへの出演によって、

「この俳優は歌舞伎役者だったの?」

と初めて知った人も少なくないでしょう。

歌舞伎を軸としながら舞台以外にも活動の幅を広げてきた俳優です。

市川猿之助の経歴を時系列で紹介

主な出来事
1975年 東京都に生まれる
1980年 歌舞伎座『義経千本桜』で初お目見得
1983年 二代目市川亀治郎を名乗り初舞台
大学時代 慶應義塾大学文学部で学ぶ
2012年 四代目市川猿之助を襲名
2014年 スーパー歌舞伎Ⅱ『空ヲ刻ム者』
2015年 スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』初演
その後 古典歌舞伎・スーパー歌舞伎・映像作品など幅広く活動

市川猿之助の経歴で注目したい3つのポイント

ここまでの経歴を整理すると、市川猿之助さんを理解するうえで重要なポイントは大きく3つあります。

① 幼少期から歌舞伎を続けてきた

1980年に初お目見得、1983年に初舞台と、非常に早い時期から歌舞伎の舞台に立っています。

② 古典と新しい歌舞伎の両方に取り組んだ

『黒塚』『義経千本桜』などに取り組む一方、スーパー歌舞伎Ⅱという新しい作品作りにも挑戦しました。

③ 演じるだけでなく演出にも携わった

『ワンピース』では主演だけでなく演出にも関わり、作品を作る側としても活動しました。

市川猿之助の家族については別記事で詳しく紹介

市川猿之助さんは歌舞伎と深い関係を持つ家庭に生まれています。

父は四代目市川段四郎さん、伯父は二代目市川猿翁さんです。

また俳優・香川照之さん(九代目市川中車)とは親族関係にあります。

ただし、この記事では市川猿之助さん本人の経歴を中心に紹介しているため、家系図・家族関係については別の記事にまとめています。

市川猿之助の実家や家族は?父・市川段四郎や香川照之との家系図を解説

市川猿之助についてよくある疑問

市川猿之助は何者?

澤瀉屋の歌舞伎俳優で、現在の記事で紹介している人物は四代目市川猿之助です。

古典歌舞伎だけでなくスーパー歌舞伎Ⅱなど、新しい歌舞伎作品にも取り組んできました。

市川猿之助と市川亀治郎は同じ人?

はい。

現在の四代目市川猿之助さんは以前、二代目市川亀治郎を名乗っていました。

2012年に四代目市川猿之助を襲名しています。

市川猿之助はどこの大学?

慶應義塾大学文学部です。

市川猿之助の屋号は?

澤瀉屋(おもだかや)です。

ワンピース歌舞伎で何役を演じた?

初演ではルフィ、ボア・ハンコック、シャンクスなどを演じています。

さらに演出にも携わりました。

スーパー歌舞伎を作ったのは四代目市川猿之助?

スーパー歌舞伎そのものを生み出したのは、三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁)です。

四代目市川猿之助さんは、その精神を受け継ぎながら「スーパー歌舞伎Ⅱ」を展開しました。

市川猿之助の本名・学歴・経歴まとめ

今回は、四代目市川猿之助さんについて、本名・学歴・歌舞伎での経歴やスーパー歌舞伎Ⅱでの活躍を紹介しました。

市川猿之助さんは幼い頃から歌舞伎の舞台に立ち、1983年に二代目市川亀治郎として初舞台。

その後、歌舞伎俳優として経験を積み、2012年に四代目市川猿之助を襲名しました。

古典歌舞伎を大切にしながら、新しい歌舞伎にも積極的に取り組んできたことが大きな特徴です。

その象徴的な作品となったのが、人気漫画を歌舞伎化したスーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』

同作ではルフィなどを演じるだけでなく、演出にも携わりました。

市川猿之助さんの経歴を振り返ると、古典を受け継ぐ歌舞伎俳優でありながら、新しい観客へ歌舞伎を届ける作品作りにも取り組んできた人物だったことが分かります。

なお、市川猿之助さんの実家や父・市川段四郎さん、二代目市川猿翁さん、香川照之さんなどの詳しい家族関係については、こちらの記事で紹介しています。

市川猿之助の実家や家族は?父・市川段四郎や香川照之との家系図を解説

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